月例練功会日誌  
170305更新
 
 久しぶりの更新です。今後は、リポート(紙上再録)にしてお届けします。
月例練功会は、毎月第一日曜日午前9時半開催。ぜひご参加ください。¥1500です
 
2017年5月7日牟田町会館
1.顔面と口腔の経絡
2.太極棒気功 
0.経絡にとって、大椎は非常に大切なツボである。古典に「顔面から始まった陽経は、すべていったん大椎に集結する」という記述がある。大椎は、ある意味では陽経の起点だと言えるのだ。
顔面を調えるには顔面の経絡を調えればよい。顔面の経絡とは全陽経にほかならない。その陽経は目の淵や鼻の淵や口の淵から始まるのだから、眼窩、鼻孔、唇ないし口腔を調えなけれはいけない。
このように考えれば、おのずと顔面の三胚葉分布の話になってくるのだが、今回は、顎の話。顎は上顎と下顎からなり、それぞれ歯の根元になっている。この顎と歯というやつは、なかなか鍛えにくくて、老化の最初の犠牲になることが多い。いや、歯に限らず頭部に配置されている目、耳、歯、髪はいうまでもなく老化が現れやすい。老化は必然の過程だから、第一にはそれをどのように受け入れるかと問題を立て、第二にいかにどれだけ老化をくい止めるかと問題を立てることが大切。その上で第二の課題に取り組む。その中で、顎すなわち口の中問題を、気功的に扱う。
人の口は、加齢によってどう変化するか。
一言で言えば、縮むのである。これは内胚葉系経絡力の衰弱の結果として縮む。「内胚葉総合対策本部」としては、衰弱していくにしても、取捨選択して何を残し、何を捨てるかの方針を立てているわけで、それに対して条件闘争を行なって折り合いをつける。歯を磨くから何とかしてくれ、舌の体操するから、唾液腺の操法をするから、表情筋体操するから…老衰を思い止まってくれというわけである。
 
 
2017年4月2日牟田町会館 
1.太極棒気功
   
2017年3月5日牟田町会館
0.ためしてガッテン!のワーク

1.伏臥の正体術
2.太極棒気功/立擰式
3.提肛吐納
4.撼天柱合臓功中焦功
5.静坐/祖印

11名
0.ためしてガッテン!のワーク
2月放送で、「冷えを治すストレッチ」「血糖値を下げる踵落とし」が、私たちが日頃やっているもののなかにあったので、敢えて見直しをしておく。
平熱は37℃。心臓の動脈血の温度。この温度を全身に保っていられるのが乳幼児。代謝が劣化するなどの原因で、手足の末梢で36℃に達しなくなる。「ガッテン」の提案は、脚の動脈血管を伸ばして若返らせよう、というわけで5本のストレッチ。それが、私たちが日頃立式坐式の準備運動や、二十四気坐功で親しんできているものと、そっくり。また、踵落としは、八段錦の背後七顚百病消そのもの。気功とその周辺のアイテムは、実はまだ解明されていない宝の山ではないのか。
ということは、昔の人は、理屈は知らなくても、経験的に、それがからだによいことであることを体認し、励行してきた。現代人は、理屈がなければやろうとしない(理屈が納得できてはじめてやる気になる)ということである。今さらそういう人にはなりたくないが、たぶん、今気功をたしなむ人も、かつてはそういう人種だった可能性が高い。まあ、目が覚めた人(理屈を知らずとも体認して臨むことのできる人)と言えなくもない。
大切なことは、気になる症状や、体質を変えようと思ったら、そのためのエクササイズを毎日コツコツと続けることである。
1.伏臥の正体術
これは先月もやった。会報には詳述した。各教室で指導し、自身で繰り返しやってみて解ったことは、これが「発表」された昭和初年の日本人は、この体操を、たぶん難なくできたであろうが、現代日本人には、ほとんど不可能になっているという事実である。腰のシマリが悪くなっている、腰抜けになってしまったのである。理由は、ここでは述べずにおく。
この体操をマスターすること、励行することは、日本人の腰を再建することである。
この正体術がうまくいくと、腰が決まるので、正坐がラクになる。というより、正坐で座ることがこんなに気持ちがいいものだということが分かる。また、股関節が締まるので正坐の膝間がおのずと狭まる。
2.太極棒気功/立擰式
そこで、搦手で、足腰を鍛え直す体操がないか…とさがすまでもなく、太極拳の系統から太極棒をピックアップ。その立擰式3題。はじめてトライしたのは、やや長い棒を槍のように持って行なう
仆歩「下勢」式。これができたら、足腰は昭和初年に還れる。
来月には、太極棒が入荷するので、各教室でも練功できる。ぜひこれをレパートリー(ルーティーン)に加えてほしい。できないからしない、ではなく、できないからする、という気合で。
3.提肛吐納
内容は、新刊のパンフレットに譲る。
いわゆる呼吸法の神髄は、息を用いて内気を領導するところにある。どんな息遣いを用いれば内気はどう動くか。上げるには…下ろすには…散らすには…引き込むには…押し込むには…。こればかりは文字では伝えられない。意地悪をするわけではなく、看取るしかない。技能のたぐいは稽古による。見取り。見習い。手習い。型。手取り。組。乱取り…ってね。
4.撼天柱合臓功中焦功
これも、昨秋以来の「繰り返し」。ただ、練れば練るほど味わい深くなり、加味されるものがある。中焦功の、正中旋回で扱う「胃」は実は双子の「い」すなわち胃と胆である。まるで冥王星とその衛星カノンが互いに絡み合うように自転しながら公転するごとくに天柱を揺すること24回×2。
印は祖印
 
2017年2月5日牟田町会館
1.注意と集中
2.類・分類・個別/斉練・独練
3.気の緊張と分散
『合掌印行気と外縛印行気
『伏臥の正体術
『撼天柱合臓功/静坐
7名 
1.注意と集中
気功の特徴の一つに「意念」の用法がある。意を用いて、気を運用することである。用法の基本は「守」で、あるポイントに固定維持すること。次いで「貫」で、ラインに沿って通していくこと。次いで「行」で、これは呼吸、往復すること。
「守」は、気を集注させることだが、実質は注意である。意をある部位に注ぐと気が集まる。意守丹田とか意守命門など。
「貫」は、経絡に気を流すなど。四肢の伸展に用いるとストレッチに著効。これには通貫と序貫の二法がある。通貫は起点から終点まで一気に通す。序貫はツボからツボ、関節から関節のように停車出発をくりかえしながら進む。
「行」は昇降開合のように往復するのだが、行気すなわちイメージ呼吸に用いる。
気功では、意を用いるときは、①淡く用いること②力を抜くこと③間接的に投影させること…というコツを示して、気の乱れを戒める。
一方、野口整体では、「気の集注と気の自然集中」をいう。気をどこかに注ぐと、どこかに集中が起きる、その自然集中を大切にするのだと。というのは自然集中は自然維持されるからである。
この例として合掌行気と合指行気をやってみる。ネーミングはこれでいいのだが、気功では合掌印行気、外縛印(げばくいん)行気のほうがいいかもしれない。というのは、結印というのは、体軸(衝脈)のどこかの部位に気を集中するよう誘導し、そこに気が保存・維持する働きがあるからである。結印行気は、王滬生老師の養生精髄十二式の全式の最後にに共通するまとめの静坐に用いられている。そういう意味では気功は整体の行法より古いのだが、気功家は、怠惰で、自分たちが親しんでいる功法を深く吟味する努力を惜しむところがある。それで、整体家に教えられることがよくあるのだ。

2.類・分類・個別/斉練・独練
気功をするとき、どんな気功をするか、一緒にするのか独りでするのか、という課題がある。
中国現代気功は、類気功=汎用気功を一斉にするタイプが断然多い。中国現代気功特有の站樁功は個別気功で独練である。指導者は一人一人の経験や力量に合わせて、目標を定め、過不足をととのえてやらなければいけないので、伝統的な指導法に頼る傾向が強い。ところが輸出先であった日本にはその伝統も経験もないので、指導が不可能であった。日本の気功も30年を経験してきて、ようやく日本独特の指導(法)が築かれはじめている。
それはさておき、昨秋発表した「撼天柱合臓功」の評判は、かなりいい。その理由の一つが3つ功法の中から自分が任意に選んでやれる、しかもパターンが同じなので、一斉にやれる。もとの功法は大きく旋回し、ゆっくり練ることを求めるが、回数だけなら48回も多いのに、旋回直径が小さいので一周の時間が短い。ゆっくり回すのに早く周回するため、リズミカルでテンポが速い。どうもこれが日本人に合っているみたいなのだ。

3.気の緊張と分散
気功は、ゆるむ、ゆるむ、リラックス、ゆっくり…だらけである。その対極に中国武術がある。中国武術の勇、太極拳も、健康志向の沼に陥没してしまうとゆるむ、ゆるむ、リラックス、ゆっくり…に成り果てる。しかし、同じ内家拳の形意拳、八卦掌だと、緊迫感を外してしまうと様にならない。太極拳も、鈍重に見えて内に厳しさや素早さを秘めている。でなければ、暴力に対処できない。
実は気功だって、そういう要素を秘めているのだが、外に出ない。出すと、気功らしくないのだ。せいぜい馮志強老師の太極棒気功や湯偉忠老師の金剛八式のような発勁武功があるだけだ。しかし、気はいろいろなはたらきがあり、それを駆使してこそ生活はメリハリが出る。ゆるみっ放しは、だらしがなく、しまらない。ひきしまる鍛練は、気功には求めにくい。
そこに登場したのが「正体術」なのだ。正体術では、気の緊張と分散(一気に散らす)を使う。いや、ほんとうはそうなのだが、失伝したために、極意が途絶え、力の限りガマンする・瞬間脱力する、として復元されてしまった。気の緊張というのは、気を張る、のことで、気の分散というのは、気を散らして消してしまうことなのである。
これを、伏臥の正体術を履修しながら、体験した。
 
 
2017年1月9日
牟田町会館
『八段錦/合掌行気/撼天柱合臓功と胚葉筋マッサージ』
9名 
新年最初の例会。今年の暦は元旦日曜日でスタートしたため、まさか元日にはできないので、第2日曜日にセット…したいのは山々なれども、この日には通常の日曜教室があるため、思案の末、祝日である成人の日にした。実はこの日は休日ではあるけれど、溝口先生の井尻教室の例会日で、そこを無理やり譲ってもらって、開催。休日ではあるけれど開催の教室は実は何件かあって、常連の何人かはそのためこの日の例会を欠席したり、終了後慌ただしく「出勤」したりであった。

さて、かんたんな準備体操のあと、八段錦でとりあえず練功。というのも、前もって会報で案内しているテーマの「功法」をここ数回当日無視して「思いつきテーマ」に差し替えているので、ここらで常軌に戻しておきたいとでもいう格好である。

八段錦は、たいへんよく知られた伝統気功で、完成度の高い、人気メニューだが、南宋時代の文献に初出以来、歴代の道書に必ずリストアップされてきた。タイトルと歌訣はほとんど変わらないが順序が変わったりはしている。そのため、復元しやすさもあったのだろう。しかし、この功法は、全国各地の武術家集団や医術家集団に家伝として伝わっていた。だから、われわれが今練っている功法は、その中の一例にすぎないということを知って、取り組んでみたい。言い換えると、功法は標準レシピみたいなものだから、自分のために必要に応じて味付けを変えたりスパイスを利かせたりしてもいいよという含みがあるんだということである。もちろん、おいしくなければ捨てられるわけだ。

中国標準ではこれを一段4回は繰り返し、一段から八段まで通して練るのだが、せいぜい15分でまとめてしまう。速い。それでも保健効果を出せるところが凄い。今回は正中式は2回繰り返し、左右式は左右1回でつなげたがそれでも20分になった。このペースで標準回数やったら40分にはなる計算で、中国式の3倍のとろさである。動功を《ゆっくり体操》としてやるか《動く瞑想》としてやるか。

整体協会発行の月刊機関誌『全生』旧号から野口裕之さんの「気の感応」に目が留まり、これを素材に合掌印行気と外縛印行気を体験。体験というのは意識の集注と気の自然集注を体認することを目標に行なったため。ワンポイントレッスンに「合蹠行気」を同じ観点で扱っているので参照のこと。

撼天柱合臓功のモチーフは三焦と血。胚葉筋マッサージのモチーフは三胚葉とさらさらマッサージ。前者は水平分割体質分類、後者は縦分割体質分類。使い分けができれば、相当の確度で自分の健康を律することができるはずで、会員必修法へと洗練させていきたい。
 
2016年12月4日
牟田町会館
『撼天柱合臓功/立位提肛呼吸/亀息/夢と瞑想』
8名

 
ここ3回の練功会のテーマは、928マインドフルネスためしてガッテン症候群の尾を引いている。少なくとも私の気功生活の中で画期的な意味を持つものになった。
整理すると、構図は以下のようになる。
1.人間の生活の中で、睡眠は裏面の主役である。
2.睡眠こおいて、自然治癒力(免疫力と代謝力)が発揮され、表面生活の源泉となる。
3.すなわち睡眠中の免疫と代謝によって、疲れをとり、成長・老衰エネルギーを準備する。
4.よい睡眠とは、よいレム睡眠とよいノンレム睡眠の組み合わせでできている。
5.よいレム睡眠のために、θ波瞑想を、よいノンレム睡眠のためにα波動功を励行すべし。
6.日々の練功は、体質改善を射程に入れた胚葉力均衡法と静坐の組み合わせが理想。


A.撼天柱合臓功は、撼天柱と霊元功合臓功のコンバインだが、三焦が受け持つ「血」の質量調律を形にしたものである。上中下の三焦はそれぞれ、血にまつわる体質を反映している。
B.胚葉筋マッサージは、短縮側にのみマッサージをかけ、胚葉力を活性化させる。その日その日で胚葉活性が異なるので、まず短縮側を選び、胚葉を選ぶ。その選択法が飛躍的に進歩!
C.提肛呼吸は、骨盤力と体軸力をつけることを通して心身弾力を醸成する。
D.静坐(瞑想)の「邪魔もの」と思われてきた雑念は、睡眠の夢に相当するのだから、よい夢を見ることを目指すように、よい雑念を目指せばよい。よい夢もよい雑念も「さりげなく、とるに足らない」。
E.入静誘導の亀息は、静坐の始めだけでなく、やかましい雑念浮上時に有効である。

※この日のメニューは、来週発行予定の会報『身体知』で詳述。 

 
2016年11月6日
米一丸会館
『撼天柱と霊元功の五臓六腑』

10名

1.二つのチューニング
2.臓腑別撼天柱
3.霊元功の手当て
4.站樁と静坐のθ波と雑念

 
若くて元気なら、気功は毎週一回、教室で習うだけで、どんどん「洗練」されていくものです。しかし、病気を抱えていたり、年をとってきてからは、健康のために、自宅で、自修しないと、「改善」しなくなります。
そこで、自修用に簡単気功を覚えてもらって…となります。教室は90分~120分ですが、自分一人だとせいぜい20分でしょう。しかし、からだをほぐすとなればやはり20分かかる。それで終わってしまっては気功、すなわち気の鍛練にはならない。その20分間のうち、5分でピシャッと心身を調えてしまいたい。

というわけで開発したのが1.二つのチューニング。第一が胸骨のチューニング、第二が烏口突起のチューニング。その前提としての精度の高い首振りテスト。

この日のテーマは、《臓器にことばを送ろうとすれば、何がもっとも有効か》であった。 答えは、いうまでもなく、臓器に焦点を当てた運動、とくに回転運動であり、臓器(の部位)に手を置いたままにする手当てである。前者が2.であり、後者が3.である。

中国気功では、静功における雑念については、座禅における雑念対策をほとんど無批判に踏襲してきた。それに一石を投じたのが趙光老師。「雑念の中身にこだわらず、誘導して〈溶鉱炉〉の中に投げ込め」と言った。この方法を禅坊主に教わったとか。そのようにやってみると練功が飛躍的に進歩した…と。座禅では「仏に会ったら仏を殺せ。親に会ったら親を殺せ」というように雑念を妄想と同一視して、しかも対決的に「解決」してきたのである。
道教の古典には、もう一つ別の対処法が記されている。それは「内視~内景」法である。これは雑念を客体にしてしまうことで、古典ではあらかじめ標準の内景図を学んでおいて、それに浮かんできた雑念を投影して写絵のようにする集中法を採った。これでもよいかもしれないが、雑念を敵視せずに、自分の一部として(まるで脚にまとわりついて甘える幼子を諭すように)扱うべきであろうと、思う。この観点を受け入れれば、雑念は自分に遵う。

実技は霊元功の合臓功。とくに手当て站樁を味わって、終了。
 
2016年10月2日
牟田町会館
11名
『3分瞑想?マインドフルネス?』

1.瞑想とθ波
2.括約筋と提肛
呼吸
3.鳴天鼓
 
※9月28日NHKTV放映の「ためしてガッテン」が取り上げた3分間瞑想があまりにも?面白かったので?レクチャーの枕にした。予定していた『霊元功』は来月回し。
《レクチャー要旨》
アメリカ社会は、競争社会、差別社会、ストレス社会、広義の自傷社会である。一方に勝者と富者の幸福があり、他方に大多数の敗者と困窮者の不幸がある。社会としては後者に自力で立ち直ってもらいたい。そこで、世界中探し回って、やる気が出てくる方法を見つけて応用したのが、マインドフルネス=3分間「瞑想」。とにかく、姿勢を正して目を閉じ、呼吸に意識を向けておくだけ。毎日、やれ。10日続けろ。θ波が出て、海馬が元気回復するぞ、と。
こうして、刑務所でも、学校でも、介護施設でも、強制的にやってみると、効果てきめん! 
…というのだが、これは、サカダチしているんじゃないか。
でも視聴者の大多数は、ボケないんだったら、やろうかな。という受け止めだろう。
 では当会の会員の受け止めはどうだろう。空気感がちがう。あれでは雑念に負けてしまうだろう。いきなり瞑目3分間は乱暴だと思う。3分で得られるものと、教室でともにする静坐では質が違うのではないか。…など。
でも、毎日やっていくと、10人に1人くらいなら、コツをつかんでよい習慣にできるかも。気功教室に通っても、1週間に1回90分だけなら、毎日10分7日間に敵わないかもよ。 
→身体知№29に詳報
《演習》
逆腹式呼吸の文息の至宝は、提肛呼吸。この、最終決定版が括約筋との連動を組み合わせた逆式。吸い上げるときに「待ち」を意識する。ここが気功としての要諦。
鳴天鼓の初出は、少なくとも北宋の聖済総録。脳戸を開けとある。どうするのか。焦国瑞老師の答えは「叩撃玉枕」である。秋分功は、体側の左右揺すりと組み合わせることによって、自律神経ないし錐体路系神経と錐体外路系神経の調和をもくろむ。

 
2016年9月4日
牟田町会館
6名
『夏ばて?』

1.二十四気導引座功の
 大暑・立秋・処暑・白露・秋分…
2.八段錦の
 衝拳怒目増気力
3.エアウエイトリフティング
4.ハンモック体操
…など 
《レクチャー要旨》 
季節の健康を考えるとき、気をつけるのは冬~春と夏~秋である。春先は身体が開き始めるべき時に、ロックされて起きる変調。脱皮の失敗。夏は身体が開くので、秋口に閉じ損なって老け込む。今年の夏は暑くて35℃が連日続いた。30℃だと涼しいですねが合い言葉になるほど。しかし、ダメージがあると、それが今ころ(処暑~白露)に露顕する。
アタマ、胸、腰が開きっぱなしになりがち。
アタマがゆるんだままだと、注意力散漫で、うっかりミス、物忘れ、捜し物、言った言わない。
足腰がむゆるんだままだと、腰痛、根気続かず、すぐ疲れるなど。
これって、老化症状じゃない? 
そうなんです。人は、夏、老け込む。
それがイヤなら、自分で自分の身体を(気功や体操や呼吸法で)引き締めなさい。

《演習》
焦点は交感神経。後頸。
秋口はまず、腰を閉める。足を閉じ、膝を閉じてお尻を固くすると、腰が締まる。大腿が前に出るように。この腰の構えが骨盤の弾力をもたらす。左の3と4がこれだ。2の添加パージョン★も有効。胸が縮みすぎないように、背筋にも注意を向けたい。
今回のメニューは、全部、若返りメソッドでもある。60歳以上は、必須です。これらに「提肛呼吸決定版」★を加えると、完璧じゃないかな。




 
     
 2014年6月1日
牟田町会館
14名
『さらさらマッサージ』
マッサージには「圧」による分類で1.陽圧(ぐいぐい押しもむ) 2.陰圧(つまむ) 3.フェザータッチがある。3.がもっとも効果があるが金になりにくい。目的別の分類もある。1.安楽 2.調律 3.体質改善。

さらさらマッサージはフェザータッチで、安楽・調律・体質改善を実現する。
何を以て調律というか。身体の左右均衡。これを骨盤の左右の腸骨稜の高さの観察で示す。

何を調律するか。胚葉筋マッサージにおいては内胚葉・外胚葉・中胚葉の各胚葉由来の経絡群平衡を通じて全経絡平衡を得る。
筋膜マッサージは随意筋・腱・靭帯・軟骨を包括する筋膜を緩めることを介して膜の系全体を緩める。すなわち全身リラックスを実現する。

後半の40分は、武当山太極拳の起式站樁。
今回は初めて参加が3名。指導者が4名。研修メンバーが3名。 
 2014年5月4日
牟田町会館
10名
『せぼねの記憶』
人間の身体は動物の身体である。
人間の背骨は脊椎動物の背骨である。背骨は4億年の歳月を費やして少しずつ能力を向上させて今の人間の背骨になった。背骨には意志の記憶が刻印されてある。
それをせぼねの運動に還元して反芻する「試み」。 
 
 2014年4月6日
牟田町会館
11名
『三元樁』
霊元功は体系をなしている。天地人の三元樁。天地の軸と四方による合臓功。天元のための壮陽功。地元のための乾坤歩。これらの積み重ねによって霊元(これを次元転換への臨界域とみる)に達する。…のごとし。
不可欠の修行が脱力。これによって天地の軸を確立する。
 
 
 2014年3月2日
牟田町会館
11名
『山東道教の築基功』
今日気功と呼ばれているものの中で伝統功法の構造を解析してみると、いにしえの神仙術が浮かび上がってくる。
その多くは「採気」だが、「脱魂/登仙」もある。
ここで取り上げた気功は後者で、背骨をしごいて頭部を引っこ抜く、頭部の玉即ち人魂になるためのリハーサルを気功風味で味付けた作品といえる。 
 
 2014年2月2日
牟田町会館
12名

二十四気導引座功のコンポジション
 気功が数ある「健康法」の一つとしてどこかの見本市に出品されたとき、果たして衆目の関心を集め、称賛を浴びることができるだろうか。
30年前はエース的存在であった気功は、今では地味ですぐには効果の現われない健康法としてすっかり目立たなくなった。とくに若い人の受けが悪い。

それはさておき何年もやってきた人が「気功はほんとうにいいものだ、人生の友として死ぬまで続けたい」と思えるようなプログラムを用意することは指導者の任務ではないのか。それは、以前は「すぐれた功法」を提供することであった。今はどうか。

ヒントになるものがないだろうか。
大昔の功法は、だいたい行者のためのものだったので、長ったらしい。ところが、文献を渉猟すると、単発ものがかなりある。しかも、静坐が圧倒的に多い。
その中で陳希夷先生二十四気導引座功は、示唆的な「作品」である。

この功法は、導引+服気+瞑想(静坐)のパターンが24.本揃っている。〈この季節にはこの導引をしたらどうかね。あとの服気と瞑想は同じだ〉。というわけで、多くの気功家は導引の多様さに注目してきた。しかし取り組んできて感じることは導引は、何をやっても代りばえしないことだ。どうしてもこの季節にしなければ効果が半減するというようなものではないのである。

重要なのは、導引ではなく、ワンパターンの服気と瞑想なのである。
服気の本質は、゛逆腹式呼吸による気沈丹田。亀息による耳門意守と坐忘で静養霊根を狙っているのである。これをホームワークの定番として提案したい。
 
 2014年1月5日
牟田町会館
10名

『養生精髄十二式のコンポジション』
陰陽平秘は気功のシゴトだという。凹んでいる陰を平にし、凸の陽を秘する。虚を補い、実を瀉す。陰が悪くて陽が良いわけではない。しかし、世間ではどうしても陽明をたっとび、陰暗をさげすむ。
活発な動が望ましく、沈鬱な静は疎ましい。明晰な禅の行は迎えられ、暗愚な静坐は嘲られる。
地図では、図が注目され、地は無視される。見えるものが語られ、照らされていることは語られない。話を聴くな、間を聞け。文字を読むな。行間を読め。

そこにある陽明をそのまま受け取るのはたやすい。その陽の種子を捉えるには、とことん暗愚に徹する。目を開けてやる気功は「意の気功」。閉じてやる気功は「気の気功」。両方組み合わせてやらなければならない。

十二式は、「意の気功」と「気の気功」をペアにしてセットしてある。
撼天柱は目を閉じて練る陰気の導引。推斗柄は目を開けて練る陽意の導引。それから印を結んで静坐をする。目を閉じて養う。 
 
 2013年12月1日
牟田町会館
8名
『亀蛇気功』
プリント『意の構造』

気は「いのち」。いのちは息吹。。形に息を通す。 
 
 2013年11月3日
牟田町会館
7名
『骨盤気功』
意と気。
意は気から生まれて気をコントロールする。意は列車における機関車で、気は列車における貨車客車である。意は思考・精神・言語へと展開し、気は感情・情緒・身体・代謝へと展開する。
生活の中で意と気は同時に円滑な関係をもって働いていなければならない。

意ががたつくと認識・判断が歪む。気ががたつくと身体・感情が萎縮する。同時に衰退すれば老化の範疇に収まるが、片方がしっかりしていると認知症的になる。
気功の立場視座からいえば、骨盤力を保つことが、望ましい老化への条件となる。具体的には仙腸関節の弾力、股関節の弾力、鼠蹊靭帯の弾力である。 
 
 2013年10月6日
牟田町会館
8名
『以意領気』
『気功とされているもの』から『気の功』へ。
日本人にとって気功は、中国人気功家から与えられたものとして始まった。長い間、それを咀嚼してきたが、その気功とされているものを支えている功理をなかなかうまく「翻訳」することができずに自ら発展させられずにきたといってよい。

気功とされているものを、客体としてそこに置いて、どうしてそれが気の功になるのかと、あらためて考えてみることが必要だし、それができる時期になってきた。
要するに、気功は意で気をコントロールする技法なのだ。
気功を、従来「調身、調息、調心」と言ってきたが、それは宗教の修行ではそれでいいが、気功ではダメだ。気功は自救自助の方法であり、自立自律を高めることだからである。「調形、調息、調意」であってはじめて気功になる。

意と気のバランスが崩れると、思考と行為、感情と判断の関係が歪んで常識から逸脱する。認知症というのはその老化過程における記憶能力の衰退をきっかけとして生ずる人格失調である。 
 
 2013年9月8日
牟田町会館
4名
『八段錦の眼神の用法』
立式八段錦には、弓で的を狙う目力、拳を突き出して目で威圧する目力が登場する。これを「怒目」と言うのだが、これは気功とどう関係するのか。一つの答えは「これが意の鍛練である」というものである。しかし、その使い方に特別の配慮がなく、武家は目力はあればあるほど強いと信じるであろうから、とことん睨み付けるような使い方を是とするだろう。やりすぎると必ず目つきも人相も悪くなること請け合いである。それでは気功と言えない。

ではここを気功ではどう「演ずる」べきか。
気功では意と気のパランスが大事である。意を強くしすぎると気が働かないからである。意を淡くするには集注性をゆるめてイメージへとシフトする。イメージは、意味を抜きさって中性化する。形をあいまいにして明度と彩度だけにしてしまうほどゆるめる。呼吸も、息が止まっているとき、彩度だけのイメージと重ねると気功らしくなる。

気功はただのゆっくり体操でおわるものではない。ゆっくり体操は快感がある。だから幸せにはなれる。しかし、「私」が強く豊かになろうとするなら、「光の身体」(自ら光源になる)をもって練功するしかない。
実技演習

五労七傷。左右開弓。攪拳怒目。 
 2013年8月4日  
牟田町会館 
8名
テーマ*

新正体法から一瞬整体へ…とは

以意領気・
意気相随・
以意督気
 新正体法の佐々木・橋本コンビが老練な?マキノ出版に言い寄られて正体を整体に改称しまでDVDムックを出した。それに合わせて(というより、新正体法をマスターして、個別に指導できるようにと)「新著」を検討することにした。

マキノ出版は、かつて中健次郎にも言い寄って『病気が治る』という修飾語をつけた「気功入門」をDVDつき1500円で出版した。これは「売れ筋」を確保しているからこそできる芸当で、他社の追随を許さない。おそらく○万単位の初版部数なので、印税も軽く百万を越える。さすがである。
それはさておき、この世は病気をやっつけたい人だらけとおぼしく、前著で「補完操法」と位置づけされていた胸郭操法、骨盤操法、腰椎操法を、○○が一発で(じゃなく一瞬で)なおっちゃう技法として組み立て直して羅列してある。その「半ウソ」っぷりが見事という外ない。

人体は、左右の捻じれをほどき、左右倒しクセを修正すれば、自然治癒力が作動し始めて勝手に元気になっていく…というストーリーを、今から100年前、高橋迪雄は呪文のように唱えたはずである。その呪文に応えて宮本紘吉は新正体法を創案した。
新正体法のすばらしいところは、頸の動診によって全体のほぼ8割の歪みをとってしまう根本操法と従来の「高橋正體術」でOKというメッセージを世に送り出したことである。

むろん、呼吸を無視して、しかも頑張る(がまんする)-脱力という要領に退化させたために効き目は半減したけれども、「自力正体」という高橋が極められなかった領域を開拓した功績は大きい。

ちょうどギックリ腰2週間目の女性が参加していたので、まず、このムックにあるとおりに一瞬整体をやってみた。すると痛みは半減した。この半減をどう評価するか。
痛みが半分も残っているのか。…というのが正體術を心得ている我々の評価である。そこで、操法側に向けた顔のすぐ下の肩を床に押しつけ、腕を伸ばし、大きく息を吸って吐いて、そのあと唇を窄めて残気を絞り出しながら、伸筋伸展を促し…と、本来の正體術方式でやってみると、9割まで痛み軽減との感想。

あとの1割は、腰痛の「分散」支持と、全体調律欠如によるものにちがいないので、これについては自分で始末しなさい、ということにした。

実技は、あと、腰の引き締め操法・4点ブリッジ・5点ブリッジを、呼気と伸筋伸展という気の操法を加味して、その醍醐味を味わって前半修了。

気功指導における意と気
気功の動功では、姿勢や動作が気をコントロールする道具になっているのだから、意と気の関係性は、よくよく自覚して実践しなければならない。

意は気の帥。ただし気功では「意を淡く」用いる。そして意気相随が基本。

とはいうものの、具体的に、どう用いるのか。従来の教功には、そのへんの説明がない。こういうふうにするんだ、同じようにやってごらん、だ。
せめて、この動きが以意領気。これが意気相随。そしてこれが以意督気、と。

中でも、最初の以意領気が問われる。
それを、五禽戯二套(周稔豊)鳥戯の鶴拳「亮翅・翅撃・啄撃」で。意を以て形を作る。気がその形に追いつく。意には強度があり、形には方向があり、気には密度がある。開く・閉じる・縮める・落とす・衝く。だいたいできたら、そこから力を抜き、気で充たす。それから艶を出して優雅に演じる。

というところまで練られれば、ああ気功っていうのは健康のためにやるんじゃないんだなあと解ると思うんだけど。やっぱ、真・善・美とか…。
 
  2013年7月7日   
牟田町会館 
6名
テーマ:

ロコモシンドロームチェック体操?

六字訣新バージョン
 7月1日の読売新聞朝刊に、⑴の記事が載っていた。
椅子に腰掛け、両手を対側の肩に交叉して組んで、片足を伸ばして浮かせ手もう一方の足で反動をつけずに立ち上がりなさい。よたついたりできなければアナタはロコモ予備軍ですと。

読んだとたん、これはできるハズがない、この記事はアホな医師が捏造した《医者にかかって安心誘導キャンペーン》だと直観した。実際やってみると、ほとんどの人はふらつく。だって、ふらつかせるように仕組まれた体操だからだ。

同じ動作を、いくつかの要領を与えてやってみよう。
①両手をひろげる。
②利き足を体軸下に置き、さらに手前に引き寄せる。
③尻を前方にずらしてちょこんと座り直す。
④正面を見ながら頭頂を吊り上げられるように思いながら息を吸い、
⑤息を吐きながら立ち上がる。

こうすると、ほんとうに足の筋力が足りない人だけができない。
ということは、整形外科医学会の連中の、ただちょっと要領が悪かっただけの人にも、アンタもうロコモだよ、何とかしないと車イスだよと脅かすための陰謀に、フツウの人は巻き込まれてしまっているのではないか。

気功をするということは、こういう巧妙な?仕掛けを見破って、もっと効果的な易しい「抗老体操」を提案できる力を養うということでもある。

⇨以上は『身体知』9の記事として詳しく掲載した。

⑵の六字訣は山部嘉彦の「定番」メニューだ。
試行錯誤の中から、手の経はそれぞれの陽経の起始点から井穴または指尖・指股に「音声」とともに誘導していくパターンに。足の経は、霊元功の三脈導引を「活用して」起始点付近に両手を陰掌で構えて噴き出してくる気をキャッチし「音声」とともに誘導していくパターンに。
こうして新功法はほぼ完成の域に到達した。

⇨具体的なルーティーンは新作テキストの形で、まもなくリリースの予定。
 
2013年6月2日   
ぶどうの庭 
4名
テーマ:
座式八段錦
 
 前々日の金曜日に牟田町会館から電話があり、2日は地元の子供会の行事があるので貸せないと、言ってきた。
あわてて同会館2階を借りる予定を入れていた「アヒムサ会」に、中止をお願いし、練功会は急遽「ぶどうの庭」に正会員登録手続きをして日曜借り受けにこぎ着けた。やれやれ。でも、偶然なのか、参加者はたった4名という体たらく。

いかんなー。

だからと言って手抜きはしない。
この、あまりにも有名看板気功の出自ともいうべき「座式」八段錦。その本体は何か。
良く知られているのは1957年初版の馬風閣の編集したもので、⑴手抱崑崙⑵天柱微震⑶托天按頂⑷牢攀脚心⑸臂転車輪⑹左右開弓⑺交替衝拳⑻叩撃全身からなる。

いかな馬風閣でも、勝手にでっちあげたわけではない。古典を「復刻」したつもりなのだろう。しかし、たとえば手許にある呂洞賓の八段錦と同一の動作は⑷⑸の二つだけ、⑶をおまけにしてやってもいいかと思えるほどに、改竄してある。
どうしてそんなことになっちゃったんだ? いったい誰がそんなとんでもない改竄を許可したんだ?
敢えて答えれば、それは時代の雰囲気が唆したのだと言える。
新生中国は科学的社会主義でいくぞ。封建主義を打破し、迷信を一掃し、人民の体育を奨励する、その先兵として、古典を大胆に復刻し民族の遺産を今日の社会主義国家建設に貢献するんだ、という気分が、古典の中の自分では理解不能の部分を迷信としてバッサリ削除したということである。

そういう大胆と言えば大胆、無謀といえば無謀、妄動と言えば妄動を、たとえば周稔豊老師は苦々しい思いで眺めつつ、ご自分のスタンスで復刻にいそしんでおられたと思う。周老師が私たちに残してくださったVTRは、前述の呂仙人の八段錦を彷彿とさせるものである。

今回は、周老師の八段錦にとりかかる前段として、呂仙人のものから見える古典八段錦の魂に触れてみようではないかという試みである。
まずその八段をメモしておこう。
⑴叩歯集神⑵撼天柱⑶攪漱津⑷摩腎堂⑸単関轆轤⑹双関轆轤⑺左右按頂⑻鉤攀
である。
⑴と⑶で、これは服気そのものである。
⑵⑷⑸⑹は、要するにからだ揺すりである。
⑺⑻は、ストレッチである。
やってみれば判ることだが、体揺すりもストレッチも、服気を成功させるための補助動作である。つまり、八段錦の本体は導引ではなく服気なのだ。

これと同様の古典を、諸兄はすぐ思い浮かべることができると思う。
二十四気導引座功である。
導引と銘打ちながら、その本体は呂仙人の八段錦とまったく等しく、服気なのだ。

服気。

邪気を払う-叩歯-口中舌舐-漱津-咽津服気、これである。これを、この導引の随所で行なうのだ。そして瞑想。

中国気功が、どんな知性によって編集されたか。私たちは、そのあたりをよく吟味しておきたい。むろん、その後継者たる健身気功についても。

 
 2013年5月5日   
牟田町会館 
9名
テーマ:
呉式太極拳…太極拳から学ぶこと
 「気功愛好者は、常識として太極拳ぐらいやっておきたい」と言うときの太極拳とは何だろうか。いや、気功愛好者とは、常識とは?と確かめたくなる。
まず、一応答えておきたいのは、いわゆる制定拳二十四式太極拳というのはだれが何と言おうと、ゆっくり体操にしか過ぎないので、それに(いわば禁を犯して)気を通わせるくらいなら、誰にも文句を言わせず、伝統拳に思い切り気を込めて練ったほうがいいということだ。

気功愛好家というのは、異論もあろうが、気功に親しんで3年たち、これからもきっと続けていくだろうと自認している人、ということにしたい。そういう人にとっての常識として「気功にはいろいろ種類があり、その淵源をたどっていくと、武術の築基功とか、宗教の基本修行とか、医学者の素養などがあり、中国気功では宗教的なものを迷信として排除しようとする時代背景のあった時期には〈人畜無害〉の太極拳をたたき台にした創作気功が流行した」という事実を知っておきたいということである。

それは中国人気功家にとって太極拳は魅力ある気の修法であり、指導方法や理論が安定していて扱いやすいという点で、もってこいの素材だったのだ。ちょっと薄めて気功のコナをふりかけるだけでたちまち一丁できあがりだからである。
だから太極気功を学ぶくらいなら、太極拳をジカに学んだ方がよほど実入りがいいのだ。それに太極気功の作者がどれほどのタマか、よくわかる。

その中で、さすが!と思わせる作家として焦国瑞先生を挙げたい。一方、太極気功を作らず太極拳そのものをいかに気功として練るかという策を立てたのが周稔豊先生。その見識を多としたい。

十年ほど前、その周稔豊先生に習った呉式太極拳が、今月のテーマ。

套路を学ぶのは、これは学びたい人の意欲にまかせたいので、今回は深入りはせず、最初の腎間動気から無極樁・七星・らん雀尾・単鞭まで。
腎間動気の腎間の高さは中国人がいうところの腰であり、気功家がいうところの夾脊関であって、この站樁から太極拳を始めるというのは、実は三関一門を開放してからかかれということなんだぞと。そして、腎間と関元とは直結している。腎間に回収された陽気は丹田で寝かせられていわば利子としての純陽の気となって寿命に付け加えられる。ただしカギがかかったまま蓄えられるので、いざというときは関元に三十壮の灸を据えよ。など。

後半は、太極拳の魅力の一つ、推手。近すぎる距離感を克服するものとしての「太極竿」。
2002年以来、何度もやってきたのに、極意がサッパリ身についていない。押さば引け、引かば押せ。勝手に引くな!と何度言っても引くクセは心のクセだよ。引かないのにグイグイ押すのもまったく困ったもんだ。どうして傾聴ができないの。推手の極意は聴勁でしょうが。
だから、気功だけやってると勝手気ままになりすぎる。これを独善という。
 
 2013年4月7日   
牟田町会館 
7名
テーマ:
太極棒気功
大椎・海底・陽蹻脈
 太極棒気功は馮志強老師の初来日のたしか1988年に教わって以来、毎年寒い季節になると3カ月間は練ってきた、もうすっかりおなじみの功法である。
指導者は、一つの功法を毎回同じように教えるようでは、その功法の真価を伝えることはできない。練るということは、練って新しい体認を我が物としていくことで、足踏みが続くようなら、カネを取って教える資格はないというべきであろう。

さて、このおなじみの功法を、今回はどう料理すべきか。
今回は、太極拳などの外功を練るとき、何を目標にしたらよいかという問題を取り上げる。
外功というのは、姿式に規律を求める功法のことだ。つまり、形や動作について、たんに「気が通っている」だけでは不十分で、形はこうでなければならないという身構えについての要求を満たさなければならない気功のことである。

たとえば、馬歩、弓歩、虚歩などの歩法は、狂っていれば姿勢を保ち、身を守ったり、敵を倒すことはできない。力を的確に発揮するにはタイミングや力をコントロールする技術が欠かせない。この時、人間の能力に対する理解があれば、どこをどう鍛えればより強く生きられるか、また能力をどう活かすことができるか、技に凝縮させることができる。
その一端を、気の身体の知識とその用法として理解するのに、今回のレクチャーは役立つだろう。

大椎。大椎というツボは、顔面から噴き出した陰経の気が、それぞれ対応する陽経の起始点において陽気となり、体調を調えるだけでなく、力を発揮する運動能力の連動性の中枢としてとくに上肢の運動の起点となっている。意念を大椎に置いて練功すると、動きがいっそう的確になる。
特に「平推」「寧把」「立寧」

腰の位置を決め、体重のシフトと身体の向きを的確に決めるには、肚を据えてかからなければならないが、その中心はいわゆる丹田の底、海底(はいてい)である。すなわち正中の中極を中心とする恥骨の上幅10センチのエリア。ここをほどよく締めて腰を落とす。
特に「倒竪旗」「倒乾坤」「烏龍攪柱」

陽蹻脈は、胆経と重なる。この経は馬弓歩を作るとき、もっとも重要な姿勢保持のラインとなる。そしてこの気功の風格を決める。
特に「献果」「立寧」

以上の3ポイントをおさえて練功してみると、力感が高まり、気が落ち着き、充実してくることが分かる。気功そのものが、一皮むけた感じになる。
呼吸も姿勢も大切だが、意念を活用すると練功はいっそう充実する。そして、結構ハードなのに疲れない。むしろ、元気になった気がするのである。
 
 2013年3月3日     
牟田町会館  
9名
テーマ:
⑴歩行功としての五禽戯
⑵中国気功の座標
⑶常息と坐忘
 ⑵と⑶は、29深いはなしに載せました。

五禽戯といえば、導引系の伝統気功の中で、もっとも古いものの一つで、その名がついたのは三国時代の名医華佗の養生功を嚆矢とするが、荘子外篇「刻意篇」にすでに熊経鳥申の語が見え、導引の語とともに説かれているのでおよそ2000年の歴史を持つ気功と言ってよい。これが当時どういうものであったかを知る術はないが、周稔豊老師は、それをもっともシンプルな「体操」として復元し、世に問うた。西安体育学院在職時代だから、文化大革命時代である。
五禽戯は、当初「保健体操」であったと思われるが、その後むしろ武術家によって継承されてきたと思われる。今日、形意拳や太極拳に動物の名をあしらった技が散見されるのは周知のとおり。
五禽戯が、今日もなお現役の気功として活用されている理由はやはり気功としてすぐれているからである。気功の保健効果を高めようと思えばリラックスしたまま20分ほど身体を揺すればよい。気功の鎮心効果を高めようと思えば「何か」に心を寄せ、20分ほど打ち解ければ
よい。この両方を、もっともシンプルな形と方法によって実現したのが、この周稔豊五禽戯である。身体揺すりは、単操として、鎮心は動物模倣として実現したのだ。
これを、今回は歩行功として編集してみた。素材は、周稔豊老師の第二套路から一つずつピックアップした。
1熊径 2猿摘果 3鹿行 4虎托 5斜飛
である。冒頭に吐納、接続の収功には、太極拳の十字手を用いた。
各式40歩ほど。上歩には摺り足をとり、一歩ずつしっかり踏み抜くように、歩いた。霊元功の乾坤歩は踏み込んだ足にしっかり体重が乗るので、この歩行功の要領を持ち込んで練功した。
一歩に5秒で40歩だと3分強、それが5種なので15分。間隙に収功を挟んだりするので+5分で計20分間の練功。それにおまけの站樁を加えれば30分。

気功は習い覚えてからが、気功。使いこなしてナンボの世界である。指導者は、その使いこなし方のヒントを提供し、うまく練功できない人に適切なアドバイスを与えるのが仕事である。練功のリーダーシップをとるのは、必ずしも指導者でなくてもできる。一人で自分のための練功ができる人を育てる。できたら練功のリーダーシップをとれる人を、育てる。
 
 2013年2月3日   
牟田町会館  
5名
テーマ:
行気と息づかい
 テーマは予定を変更して表記とした。
実は2日前、佐賀吉野ヶ里のHさんに呼ばれて、愉気を教えてほしいというので行ってきた。東日本地方から子ども連れで原発放射能から避難してきた若いママたち相手の講座。。彼女がなぜそんなことを言い出したかと言えば、去る1月20日に、『通信講座スクーリング特別篇』として《行気と愉気》をやったのだが、彼女は所用があって来れなかった。で、ダメモトで頼んだ、うちに来て教えて…と。
その余波を受けて、この際ちょっと磨きをかけてみた次第。

行気にはさまざまなタイプがあるけれども、共通しているのは、気を操作するのに息や意念を併用する、あるいは息や意念によって補完するということである。気を操作するというのは、気を体内において思い通りに巡らせる行き交わせるということで、これを相手の体内においても実現すればそれを愉気というのである。
だから、行気は気功のもっとも気功らしい分野で、気功指導もここを出発点にすればあとは何でもすぐマスターできるんじゃないかと思えるほどなのだが、実はなかなか難しい。そのため、福岡気功の会創立以来28年目にしてようやく取り上げた。正確に言えば、1989年に、米一丸会館で月一度深夜の勉強会「相互功法研究会」で前後10回やったことがあるので、初めてではないが、実質初めてと言ってよい。

タイプは以下の4パターン
①めぐらせる(往復する)
②局部で出入りする
③Aで入れBで出す
④傾ける復元する(濃淡)
息で起始・終止とスピードを操作し、意念でルートと距離感を設定する。

よく知られているものとして
小周天・労宮開闈・亀息・踵息・合掌行気・合蹠行気
などがある。
一般的な行法は、吸って引き込み・吸い上げ、吐いて吐き出し・吐き下ろすだが、その際の要領の失伝・誤伝が多く、外気発功などに●に代表されるような輩がでたらめな息遣いを指導している。行気・愉気の息遣いは静緩慢を旨とする。そのうえで、吸うときは鼻翼、吐くときは鼻腔または硬口蓋を意識した息遣いを行なう。漏らす息、抜ける息を順息、逆息と絡めると、行気にしまりが出てくる。
こればかりは文字では伝えにくい。興味関心のある方は、直接指導を請うとよい。

 
 2013年1月6日  
牟田町会館  
6名
テーマ:
霊元功
 霊元功を動功の一種とすべきかどうか。これは導引とも武術系とも違う。
導引は、筋肉の屈伸自体に価値があり、所期の目的に合致している。つまり経絡が刺激されるなどの効果を見込んでいる。したがってうまいへた、要領の善し悪しがある。武術系、たとえば太極拳に型を借りた功法は、その身体の構えや動作に勁が組み込まれている。勁が出ていなければ、その形その動作には価値も意味もない。せいぜい体操としてのエネルギー浪費リフレッシュ効果があるにすぎない。

では霊元功はどうか。霊元功は、姿勢動作に余分な力が入っていないならば、形や動作が多少へたくそでも、全然問題がないのである。そしてその余分な力の入っていない身体環境・ 条件を、つぎつぎに変容する姿勢・動作にもかかわらず、練功している間中ずっと維持していくだけでよいのである。
そのためにはいくつかコツがあり、それに慣れれば、霊元功は《できあがり》である。気功はこの《できあがり》までの道のりがたいへん。でもできあがったら、「用」の局面に入るわけで、練功の効果もぐんとアップする。つまり、功法は実用化される。

そのコツ
①伸びる・伸ばすときは、引っ張られている感覚で。
②縮むときは、風船が小さくなる感じで。
③回すときは、陸上競技場の周回トラックの真ん中にいて、トラックを走る汽車に引っ張られているような感じで。
④上げるときは、もっとも速く上げるときでも水底のあぶくが浮上する速さで。
⑤下げるときは、もっとも速く落とすときでもぼたん雪が降る速さで。
⑥開くときは、夜明けの速さで。
⑦閉じるときは、日暮の速さで。
⑧基本は、大河が下流域でとうとうと流れる速さで。
いずれも垂直・水平・球・円環が動作の基準軌跡である。また、目標ポイントは水平線・地平線のかなた、天頂・宇宙の果て・天上の星、地球の中心・深井戸の底など、無限遠点。

結論的に言えば、霊元功の姿勢・動作には骨格的・筋肉的要求はない。ただ象徴的な神聖幾何学が内在しているのだ。
 
 2012年12月2日  
牟田町会館  
5名
テーマ:
『気功太極十五勢』
 この練功会始まって以来の不入り。がっかりだな。
それはさておき、こういう伝承は、やっぱ、「現場居合わせ」抜きにはありえないという話しからスタート。
たとえば「呼吸の間隙」のとらえ方は、場数を踏まないと身につかない。文献だけではこの、肝心な機微は伝わらない。その好例が宮本氏による正體術の復元作業における呼吸の用い方の失伝。しかし、高橋の薫陶を受けた野口晴哉において「整体体操」には正體術の呼吸の極意が脈打ち、高橋の高弟であった奥村から教わった橋本敬三において「操体法」にも呼吸は息づいている。

さて、おなじみの『十五勢』。焦国瑞先生は、この気功の着想を王薌斎に手ほどきを受けた站樁功の「勁」から得たのである。形は太極拳から多くを引いている。ただし、左右両方向への運動性を堅持した。外貌は太極拳と酷似しているため、太極拳の基礎練習に応用する人もいたぐらいだが、似て非なるものというべきであろう。なぜなら、この気功は練れば練るほど内功としての魅力を増していくからだ。
つまり、三円式で立って腕の外縁に勁を張る。ちょうどブレスレットのように一カ所で切れている形である。このU字を伸ばしたり縮めたりひねったりすると身体の立ち姿が歪む。姿勢が崩れる直前の形まで歪めてまた元の站樁の形に戻す。そのパターンが12あるのがこの気功の設計図である。
練功の際、背中ないし肩、大椎を意識して、その変化を味わう。
初めからこの目標に沿って練るのは不可能だが、套路を一通り覚えたら、内功として練るとよい。

今回は、勁の感覚を自覚しやすいように、体幹は吊頂勢と下垂勢、四肢は撐勁、抱勁、提勁、按勁の組み合わせで体勢と動作が形成されることを予備勢で、実例を前後の抱球勢からの変容パターンによって練功した。

時間が押して、しまったので、もう一つのメニューとして用意した大椎行気は来月、新年の例会に順延した。その間にパンフレットを出したい。
 
 2012年11月4日  
牟田町会館  
11名
テーマ
『骨盤気功』
 正體術が長い休眠をへて、今から20年ほど前、宮本絋吉によって「新正体法」として蘇生され、それが弟子の佐々木、橋本両氏によって「公開」された事情についてはすでに述べた。
宮本の功績は、高橋迪雄が残した施術の断片を再構成して全身調律の体系にまでまとめ上げ、整理したことであろう。
今回のテーマに寄せて、腰部の調律について言えば、もう少し丁寧に扱うべきかと思う。佐々木、橋本両氏が著した『新正体法』の中で腰椎操法と骨盤操法は重合操法(W操法)として紹介されているが、これはばらして個別に調えたほうがいいのではないかと思うのである。

この日は宮本の旧著によって骨盤操法を再現してみた。骨盤の捻じれの歪みを「横座り…お姉さん座り」のクセとみて、股関節を締めることで調整するわけである。
この日の出席者全員が左横座りがしづらいということで、左股関節締め上げ操法を実施して好成績をあげたが、なお改善の余地がありそう。

肩甲骨を弛めるトリートメント。
これは前日、熊本で開かれた「安田登師の寺小屋」で私が習ってきた二人で組んでする腕のブラブラ体操。簡単なので、全員たちまちマスター。これは会報などで紹介したい。

メインイベントが拙作の『骨盤気功』。
これはハードだ、という評判の「体育会系」の気功である。
しかし、ハードなのは、力でドッコイショとやるからである。力で動けば、厳しいのは当たり前である。きついのが嫌なら、気で動けばよい。
じゃ、どうすれば「気で動く」ことができるのか。ただ力を抜いてやればいいのか?

力を抜くと、気も抜けてしまう人が多い。気と力はふつう密着しているからだ。
力をすっかり抜いてしまえば重力のために姿勢が崩れ、倒れてしまう。力を抜くというのは精確ではない。余分な力を抜く、というべきである。が、なにが余分なのか。いろいろいい方はあるだろうが、自分で立つ、自分で動くとなると、どうしても余分な力が入ってしまうものだ。余分な力を抜くには、ここは天から吊るされて立っている、風が吹いて傾く…というように、受動的な感覚を媒介にして動けばよい。そうすると、よいしょもどっこいしょもないので、疲れない。車だって助手席に座っていれば疲れない。車の運転を助手席から命令するように、自分の身体の動きをコントロールするとよい。
深層筋を鍛えるには、表面の大きな筋肉を休ませるつもりで、のんびりといい加減に、ただし明るくやることである。
 
  2012年10月7日  
牟田町会館 
8名


テーマ
『金剛八式と三つの静座功』
 会として、入会当初にぜひ習得してもらいたい基礎技法がある。それをいくつかコンパクトにまとめたものを、新入会員のみなさんに配っている。それと同様に、入会して3年目になったころにはぜひマスターして、気功を知らない人に伝えられるほどに習熟した技法(気功)をいくつか持ってもらいたいものだと思い、必修3点セット三部作みたいなものを構想中である。
第一部は呼吸法3点セット、第二部はマッサージ3点セット第三部は静座功3点セットで、番外に正體術、武術築基功なんかがあればいいのではないかなどと。

というわけで、静座功3点セットにはなにがいいかと。
1.嘻字気訣
2.亀息
3.平衡印無想術
これはこれでキマリでしょう。これらの「作為」は無念無想への誘導功で、静座功の本体は「坐忘」である。誘導功の前段にストレッチだの撼天柱などのリラックスエクササイズを加えるのもよいと思う。

呼吸法3点セットはどうだろう。
1.邪気の呼出
2.吐濁補清功(周稔豊五禽戯の吐納行気)
3.背後七顚
これで悪くはないが、ちょっと大味というか、しまりが悪い。もう一つズンとくるのが欲しい…というわけで、邪気の呼出に正気の吸入を組み合わせて本来の「旭日呑気法」に回帰するという妙案を考えたのだが、その「吸入法」は、漏気と気沈丹田の逆複式呼吸がちゃんとできなければまったく無意味になってしまうため、予行演習として米一丸教室で「漏気」を教えた。教えたのだけれどこれがダメ。整体協会でやっている活元運動の終了時に行なう気沈法がこの漏気なのだが、会員のほとんど全員が「うーうんっ」ていう程度のセレモニーで、10年以上も前、活元会でそのデタラメぶりを目の当たりにして恥ずかしくなったものだが、まあ、人のことは言えないデキ。
この日、ものは試しとばかりやってみると、結構皆できる。出席の8名中7名が指導員だったから、当たり前かもしれないが、ぎりぎり合格というレベルでできた。でも、人を指導できるほどにはとても達していない。

金剛八式は、「威鎮八方」。これは武息だろう。前回の「羅漢托天」は、文息。「威鎮」を文息でするには漏気を正坐半身で難なくできなければなるまい。とりあえずは武息で練るとよいと思い、やってみたが、力まずにできるようになるまで、修練が必要だ。
 
 2012年9月2日 
牟田町会館 
7名
テーマ
『夏の疲れ・秋の準備/呼吸法としての蹲猴式』
 二十四節気では「処暑」の昨今。朝晩は気温も低くなってきているが、日中はまだ暑い。その名のとおり処暑というべきか。しのぎやすくなった、もう夏も終わりだなあと思える人と、日中の暑さに耐えかねてこの残暑ほど辛きものなしという人と。後者は、夏ばてである。
一つは骨盤のたるみ、もう一つは血行不良ないし血管疲弊である。
この季節のもう一つの課題は、秋の準備がままならぬこと。すなわち胸の不揃いがもたらす不眠と情緒不安定である。

胸の不揃いは、大問題である。呼吸が乱れやすく、夜眠れない。
そこに風が眠っている身体を冷やせば夏風邪となる。実は8月下旬から9月初旬のカゼはかなり性能のよい体の自発動と言えるもので、これで身体が秋に「模様替え」できたら、上出来である。なかなかそうは問屋が卸さないので、気功とかヨガなどの出番となる。
やはり常識として、この季節の胸の調整法と腰の調整法を知っておきたい。

(1)夏の疲れのうち、体の鈍りを伴う気力の減退、だるい重たい、やる気が起こらないというのは血の濁り、血行不良の症状で、これは小腸経異常とみる。小腸経の陰圧マッサージ(指先から経路に沿ってつまんではおろすのくりかえしで、腋窩まで)が効果的。とくに上腕の「振り袖」部分をしっかりつまんで引っ張る。
(2)腰のたるみ(骨盤の開きっぱなし)は、仰臥で膝のはね上げ正体術がよい。これは8月の新刊『骨盤の後屈を矯正する』に掲載してある。はね上げたまま2分間がんばること。そのあと脛を下ろし、つぎに足裏を床に下ろし、つぎに脚を伸ばし、膝と足首の見えない紐を解く。つまり3回ホッとするのである。
(3)秋の準備とは胸郭の収縮。人それぞれクセがあって片側が縮みすぎたり、逆に縮みにくくて片肺呼吸的になると、眠れない、夢見が悪い、朝起きて元気が湧いてこないなどの情緒不安定をもたらす。脚を開いて踵を持ち上げストンと落とす二種類の正體術が有効。

最後に、断続吸気による小腸経汲み上げと、大椎から背すじを通して呼気を膝から抜く「蹲猴式」の築基功。息が気を待ち、気を引く典型的用法。
丹田感覚を磨き、勁道を開拓する妙法であろう。
 
 2012年8月5日 
牟田町会館 
7名
テーマ
『暑さが苦にならない体を造る体操…野口晴哉の整体体操』

 時節柄、暑さをなんとかしなちくゃ…の思いを、扇風機や氷柱やクーラーなど外から何とかするのではなく、避暑地に出かけたり、海や山に行くのでもなく、暑さを季節の賜物と感じる体を自ら用意しましょうというワークショップ。

現代中国気功には、こういう庶民の要求に応えるような功法はない。せいぜい夏は心気が冒されやすいから五行の火を調える気功がよかろうという程度のものである。
しかし、二十四気導引座功という、少なくとも500年前には文献に載っている古典気功では、小暑のころにはこれをしなさい、大暑のころにはこれ、立秋のころにはこれ…となかなか時宜に敵ったプランがイラストとともに紹介されている。→二十四気導引座功のページを参照
夏の風湿の邪気をこうして撃退しましょう、とある。これを読み込むと、夏の邪気はまず陽経陽面(膀胱経)を冒す。次いで陰面(胃経)を冒す。さらに芯を冒す。したがって、ここをこのようにストレッチしなさい…というわけである。

野口の観察と対処法は、この古典気功に比べると、綿密で、合理的で、効果的である。だが、かなり難しい。とはいえ、高橋正体術をそれなりに会得していさえすれば、野口の説明を復元するのはさほど困難とは言えない。
と思ったら、そこまでは言えず、1行ずつ解説しながらその体操を組み立てていった。

正体術や整体体操を月例会でとりあげる理由は、その技法の「瞬間脱力」が実はたんなる脱力ではなく、気の集注と放散の技法だからである。気功では気を寄せたり引き込んだり、流れに沿わせたりするのはよく用いられるが、瞬間芸はほとんどない。ないから、できない。気功は気を扱うのだから、やっぱり常識として知っておきたいし、ある程度は指導できなければなるまい。
これを学ぶ上でたいせつなのは、系統的・体系的に知ることである。それがないと、指導者が知っていること、学んできたことを無秩序羅列的に仕入れなければ会得できないということになる。これを依存的指導といって、閉鎖的でもっとも下劣な、できるだけ避けたい指導法である。中国人気功家の方法はほとんど例外なくこれで、日本人気功家は踏襲する筋合いはないはずなのに、どうも自覚的でない人が多い。
それはまあ、さておき、今回は1種2種の整体体操を手始めに、いろいろやってみて、少しは正体術の本質的なところが見えてきたのではないだろうか。

来月はまた「金剛八式」と丹田功さらには五禽戯猿戯をやってみたいと思う。
 
 2012年6月3日 
牟田町会館 
7名
テーマ
『新正体法と金剛八式』
 新正体法は前月の復習。
その後、東京の出張講習でやり、さらに筋診断研究会でもやって、修正を加え精度をあげてきた。くりかえしてやってみると、まちがえやすいところや解りにくいところが見えてくる。説明もいくらかはクリアになったか。
クリアにはなったが、山部流になってしまった嫌いはある。まあ、技法の伝承の宿命といってよいことではあるが。

練功には金剛八式の「羅漢托天」。
言わずと知れた湯偉忠老師の伝えた仏門気功の「上級功法」である。これは発勁の気功と理解されてきた向きがあるが、武功そのものというより、その基礎となる呼吸法というべきではないか。
というのも、この気功を気功としてやるには、当然力を用いてはならないからである。
テーマは逆腹式呼吸である。
これについては、息を吐くとき腹を膨らませる呼吸法、という誤解がある。そうではないことを私はくりかえし言ってきたが、なかなか浸透しない。
太極拳をはじめとする中国武術も、日本の武術も、呼気(息を吐く)時に腹全体を膨らませる。膨らませるというより張り出す。腹圧を外に向けて張り出して堅くつよい腹にする。みぞおちも、上腹も、下腹も堅くするのである。これが武功、発勁の腹である。
一方、養生術の逆腹式呼吸は、膨らむにしても、膨らませるのではなく膨らんでしまう呼吸なのである。仰臥でやれば、腹を下方に押し出す感じになり、立位でやれば腹が下に落ちる。つまり、余計な腹圧をかけないのである。だから、武息と文息では全然ちがう。
武術家にはまったくこのことが理解できない。長年の武息で武腹になっちゃってしまっているからである。

さて、この金剛八式である。
吸う息が長い。吐く息は一瞬である。
下腹から吸い上げて、胸の前で掌を翻して一気に吐き、間髪を入れずに吸気に転じ、托天勢となる。さらに斜め上方で掌を下に向け、命門と連動して揺れながら降るように手を下げつつ吸気を継ぎ、下で内側に絞りつつなお吸気…である。
1ユニットを1分かけてやるというなら、呼気は一瞬、かりに1秒だとすると残り全部59秒は吸気となる。ふつうの体力と肺活量を持っている人にはできない。まあ、30秒だろう。それにしても長い。どうするか。吸気を3分割するのである。つまり止息を随所にはさむ。止息のとき気を意でつなぐのである。
うまくいくと、清浄感が得られる。くりかえし練っていくと、しっかりした腹もできる。

 
 2012年5月6日 
牟田町会館 
10名
テーマ
『新正体法』
 きんなん治療院の稲舛茂俊さんからニュースレターが届き、その中に井穴刺絡の仲間である橋本馨さんが『新正体法』という新著を出された…という記事があったので、これは高橋正體術の後継者の作品にちがいないと思って同書を買い、読んでみると図星。
高橋正體術はもう30年以上も前に出たその復刻版をぼろぼろになるほど読んでいたので、通信講座でもとりあげ、会報でも幾度となく取り上げて紹介したおなじみの技法。
その現代版である。
この新正体法の優れたところは、名人芸であった高橋迪雄の技法を、体系化して自分で調えることのできるものにしたところである。
これをたんに自分でできるようにするのではなく、教えられるようにするのが今回のテーマである。そのためにチャートを作り直し、考えればポーズを作って指導できるように改造してみた。
その、新チャートに沿ってやってみると、なかなかの、いや劇的な効果がある。その効果を引き出せたのは呼吸を合わせ、集注の要領を加えたからであろう。もっともこの二つを何も知らない読者に伝えるのはほぼ不可能ではある。
分かりやすさを高めるために、いくつか指摘をいただいたので、研究してみたい。
すくなくとも、基本体操は会員全員が難なくできる常識技法にしていくというのでなければ練功会で取り上げる意味はない。

練功のほうは、前月にひきつづき「太極尺気功」。
心意拳の築基功である「丹田功」を紹介。勁が丹田の縦回転によって体躯を満たし靠勁となって発放される勁道が見えてきた。
ちょっと難しかったかな。
 
 2012年4月1日 
牟田町会館 
7人
テーマ
『太極尺気功』
 馮志強先生直伝の気功。馮先生は胡耀貞先生に、胡先生は趙中道先生に習った。趙先生は「太極柔術」の達人として、名を轟かせた人だが後年は長寿健身の標本のように讃えられた。なにせ百歳を越えてなお北京の街を飛ぶように走り回っていて、北京名物で知らない人はいないほどの有名人だったという。1962年に119歳で亡くなった。生前、愛用していたのがこの太極尺。とくに抖動丹田を毎日30分練功していたという。
太極尺の操法は、抖、推、竪、滾、循の六法で、これらを上中下の三盤で練る。外導内行で奇経八脈を通す。簡単に言えば、これだけのシンプルな気功である。一見、面白くもなんともない。
まあ、そこがミソなんですね。
確立した套路はなく、馮先生は来られるたびに違った順序で、適当に技を繰り出し、教えてくださった。そんな事情もあり、教えにくい気功の代表格であったが、四半世紀も気功をやってきて、65歳にもなるのに、ここんとこどうなってるんですかだなんて聞けたモンジャない。自分で責任持って教えるために、自分で套路を組んで後輩に伝えるしかなかろうと、あらためて居直った次第。
問題は、この決して安くない太極尺(¥3500)を買ってもらわなければならないことだ。いやいや決して高くはないと感じてくれる人にしか売りたくないとなれば、この一見面白くもなんともない気功の醍醐味を、しっかり伝える指導者としての力量(功夫)が問われるわけだ。
さて、今日の練功はどうだったか、出席のみなさんに聞いてみなければなるまい。
 
 2012年3月4日 
牟田町会館 
8人
テーマ
『六字訣』
 この気功は文献初出6世紀陶弘景によるもの。すでに今日に伝わる功法の原型が示されてある。
これは従来「発音・発声気功」と解されてきた。私が習った馬礼堂先生の六字訣も、中国政府公認の健身気功の六字訣も、発音重視、口型重視である。しかも、木火土金水の五行相生順で、陰経5、陽経は三焦1経のみの計6「字」から成る点は従来少しも変更がない。

熟慮思索して、これは百会経絡接続気功であることを、解明したのが「新編六字訣」である。
詳しくは、近刊のパンフレットに譲るが、1500年分のちゃぶ台返しで、恐れ多いこと比類ない。

実際、どれが正鵠を射ているか、たとえば健身気功のと比べて練功してみれば、火を見るより明らかであるが、ここで言い募る愚を犯すまい。
肝の嘘字気訣と三焦の?字気訣が陰陽をなしていることは、先月の太乙元明功の「見開き」に通じており、両者は互いに通底する。

この新編は一昨年来の持論だが、経絡理論の根幹に関わることだけに、私の発表を聞いた王老師は固まってしまって二の句を継げずにいた。

機会を得て、『お顔の気功』としてデビューさせたい。
 
  2012年2月5日 
牟田町会館 
7人
テーマ
『太乙元明功』
 この気功は日本人が気功を知ってまだ間もないころ、李淑珍先生から習った伝統気功。
20年以上も前のことだ。
李先生はやせぎすの長身の女の先生で、日本気功協会の招聘で確か2期4年間東京でこの気功を含む武当山に伝わる功法をいくつも教えた。
この気功の特徴は「抜長」と言って、ツッパリを維持することだ。
気功がなんたるかをまだ熟知していなかったころ、抜長をすることはすなわち緊張であったから、みんな面食らった。つまり、この気功を理解することができなかった。
しかし、幸いなことに、いろいろな種類の気功を知った今、あらためてこの気功を味わってみると、まことに雄大深遠な醒脳気功であることが解る。

動作はまことに簡単。
突っ立ったまま、目を見開く、定印を結ぶ、地の気を採る、左右に腕を伸ばす、天の気を採る、手をこめかみの外方で向かい合わせる、顔の前に両手を引き寄せる、両手を降ろす。これだけ。

ところが、なんです。
抜長を、筋肉・関節の緊張ではなく、気の緊張に置き換えられると、様相一変。とくに、目を見開く意味が解せると、採気と内照のリアルが幸福・歓喜への「玄関」であることが実感できるのです。

さっさっと、軽くやることもできるが、それぞれの構えでいよいよ異なる気感をたっぷり味わいながら1クール15分でやってみると、虜になりそうな心地よさに感動もの
 
     
     




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